太極拳クラスTai Chi Quan

太極拳は中国を代表する武術の一つです。

太極拳は中国でも幅広い年齢層に親しまれている健康にとても有益なものです。当館にも今まで運動をしたことがないという初心者の方はもちろん、上は80代の方々まで音楽に合わせながらゆったりとした動きで心地よい汗を流し、それぞれの体力に合わせて太極拳を楽しまれています。

太極拳について

太極拳は中国を代表する武術の一つです。近年では健康法として有名な太極拳ですが、その発祥は護身武術であり、古くより様々な武勇伝が残されています。もちろん日本のみならず世界中で愛好されている現在の太極拳の多くは主に健身目的に練習されていますが、確かに足腰の鍛練に良く、動作も美しく、身体に無理なくできる・・・といったことが、たくさんの愛好者がいる理由だと思います。また太極拳に含まれる哲学的側面もその魅力の一つかもしれません。

医療体操としての側面から語れば太極拳は全身の無駄な力を抜き、リラックスして行なうことで自律神経のバランスを整え、血液の流れを良くし、ストレス解消などに効果があります。練習は各自の体力に合わせて行なうことができ、足腰強化やバランス感覚の鍛練になり、高齢者の転倒予防にも効果があります。

練習するにあたっては上半身の力を抜き、尻をつき出さない姿勢をとることで、その重みを下半身に集め、粘り強い足腰を作ります。複雑な動きでつけた筋肉ですので、バーベルスクワットのような動きでつけた筋肉とはやや異なり、色々な方向に粘りある筋肉を作り上げていくことができます。ジョギングなど運動とも違い、体の上下動も柔らかく行なえますので、膝関節への負担も少なく、老若男女どなたでも自分の体力やその日の体調に合わせて行なうことができます。

動作は基本的に腹式呼吸に合わせて行なわれます。腹式呼吸には吸う時にお腹を大きく膨らませ、吐く時にお腹をへこませる“順式”と、吸う時にお腹をへこませ、吐く時にお腹を膨らませる“逆式”があります。特に初歩の段階では、しっかりと横隔膜の動きを意識してお腹を大きく動かします。肺や横隔膜が大きく動くことによって、内臓器官に対してマッサージ効果があり、胃腸の働きや消化吸収機能など働きを促進させます。呼吸法の武術的応用としては攻撃力を増すために逆式呼吸で行なうことが多いですが、健康として行なう場合は順式呼吸でも十分有効だと思われます。

呼吸は一般的には鼻から静かに、細く、長く、ゆっくりと息を吸い、吸った息を下腹部(臍下丹田)に集め、吐く時も鼻から(状況に応じて口から吐く方法もある)静かに、細く、長く、ゆっくりと行ないます。型の動きからいえば、他のスポーツ動作を見ても分かるように(バットやゴルフクラブのスウィングetc)攻撃動作の際に息を吐き出します。よって型の意味を理解しておくことが必要です(但し、天行健中国武術館では宮平先生が上級練習者へ指導する場合には必ずしも“どの動作で吐く・・”といったことが決められていません。そのことを質問すると太極拳は最終的には無形を求め、如何なる動作からでも打てなければいけない・・・といった理由からでしたが、そのためにはイメージを用いた練習が欠かせないとのことでした)。

呼吸と動作の一致は、型をしっかり覚えていないと呼吸に集中しにくいといった理由から天行健中国武術館では初心者には型と呼吸を分けて習得させ、それぞれの効果がはっきりと実感できた頃に一致させるように指導がなされています。呼吸と動作が一致してくると半分眠ったような心地よい状態になり、型が終わった後も爽やかな気分になります。また、動作は梢節部まで意識することで血液の循環が良くなり、会員の中にも冷え性が治ったという女性が少なくありません。

健康法として太極拳を行なう場合は以上のようなやり方でも十分効果的だと思われます。無理をせず続けていくことで、徐々に柔軟性が高まり、足腰も鍛えられ、体力を増すことで病気になりにくい身体を作っていきます。

動作と呼吸が一致できてきた太極拳をさらに深めていく場合、次の段階として推手練習も行ないます。太極拳には一人で行なう型と二人で行なう推手があり、どちらかが欠けると太極拳を半分しか習得できてないと言えます。相手がいる推手練習を通じて型の動作が出来ているか・・・を確認することができ、型と推手が補い合うことで少しづつ太極拳の完成に近づいていきます。

この推手は固定された“型”ではないので、決められた動きを単純に繰り返すものではなく――つまり推手のための推手になってしまってはいけません。推手は相手の身体に接触することで、その部位を通じて動きを感じる能力(聴勁)を磨いていきますが、相手の動きに合わせて自分の身体を動かしていき(捨己従人)、上達してくると接触部分の動きだけでなく、全身の動きもある程度感じとれるようになります。例えば、お互いの右手を合わせて行なう場合、その触覚を通して相手の右手だけではなく、相手が蹴ってくる動きなども感じ取れるようになってきます。視覚だけではなく触覚も利用することで防御範囲を広げ、崩しを重視することで相手に攻撃させず、或いは防御させにくくし、こちらの中心を取られないように流しながら相手の中心を制します。

年齢とともにどうしても衰えてしまう反射神経や筋力だけに頼ってないので、それらを技術的に補える体系を有していることも太極拳が優れた武術である一つの理由だと思います。

型と推手は車の両輪の関係に例えられます。片方だけでは理解が深まりません。推手練習を経験し、それで気付いた点を型の練習に活かしてさらに内容を深めていくことができます。先ほど太極拳が序々に完成に近づくと言いましたが、実際には完成というものはないのかもしれません。あえて厳しい表現をすれば、太極拳の動作に含まれる意味を理解していなかったり、呼吸と一致していない中身のない型を次々と覚えるというだけでは―――例えば24式太極拳を覚えたら次は32式剣、次は48式・・・・―――これでは上達とは言えません。言い換えれば、指導する側にひとつの動作を深く教える内容が無ければ、次々と新しい型を教えてしまう・・・・と言えるかもしれません(これは太極拳に限ったことではありませんが・・・)。

太極拳という優れた身体運動が世界中の多くの愛好者に健康をもたらしているということはとても素晴らしいことですが、もっと深く理解するためにはその成り立ちが武術的効果を重ねる過程で技術を発達させてきたものであるということを理解することも決して無駄ではないと思います。

太極拳を練るときは身体のどこかに力みがあると、その部分で動きにブレーキがかかってしまい、力がうまく伝わりません。放鬆(リラックス)した状態で身体を使うと一見柔らかく、逆に全身に力を込めて硬く表現したほうが“強そう”に見えますが、“強そう”に見えることと、現実に“強い”かは全く別です。このことは理論の上のことだけではなく、私たちが他武道の方々との交流でも体験し、実感してきたことです。力んでしまってはかえって力を効率的に使えません。打撃練習においては天行健中国武術館ではサンドバックなどはほとんど用いず、必要に応じてお互いの身体に当て合い、衝撃が浸透してくるか、常に相手に聞きながら練習しています(浸透してくるようになれば、防具を着用させて行ないます)。

人体の構造というものも(中国武術の打撃について論じられる時によく聞かれるように)約七割近くが水分でできていることが医学的にも証明されています。よって太極拳でも一見静かな打撃がよく用いられています。

例えば、ドラム缶に水がいっぱいになった状態を想定します。そのドラム缶の表面(身体表面と想定)を硬く握りしめた拳で思い切り叩いたとします。大きな音とともに多少のへこみができますが、力が表面で分散してしまい、肝心な水に起こる波紋は小さく、つまり中に与える衝撃はイメージから程遠いほど小さいものです。逆に腕の無駄な力を抜き、指先が触れたような距離から呼吸を一致させて体当たりの要領で打つと、表面にほとんどへこみはできませんが、中に起きる波紋は大きく、衝撃が浸透して伝わっていることがわかります。

もちろん身体内部への衝撃を重視しているのは太極拳に限らず、中国武術、或いは他武道の熟練者にとっては常識的なことかもしれませんが、こうした打撃は興奮している状態や追い詰められた状況では多少の外的衝撃―――骨が折れた程度(場所によって)―――では、相手に戦闘の意志が消えない・・・といった経験から追求されていったものと思われます。

ここ沖縄は空手発祥の地という環境のせいか、天行健中国武術館に見学に来られる方々には空手高段者や他の武道、格闘技練習者が少なくありません。武道経験がある見学者に対して宮平先生は「説明を聞いたり、見ているだけではなかなか分かりにくいと思いますので、よければ自由に攻撃を出してみて実際に触れて体験してください」と勧められています。

我々がよく行なっている方法としては見学者に突き、蹴り、タックルなど各自の好きなスタイルを自由に出してもらい(このほうが納得しやすいと思いますので)、こちらは相手の間合いを詰めて重心を崩し、攻撃を出させない・・・といったことを体感してもらったり(相手のレベルによりますが、基本的にはこちらは攻撃を加えません)、脱力による打撃の威力を体感してもらっています。

太極拳の理論は他武道、格闘技と比較しても確かに特徴的だと思います。よって理論の説明は大事です。しかし、口だけでは“畳水練”ですので、身をもって体感してもらわないと、実技の交流を望む相手に失礼になると考えています。他武道の方々から見ても、こちらが理論を並べるだけでは、理論に逃げていると思われても当然です。ですから疑問を持っている方には真剣になって技術で示し、納得してもらうのが武術の世界では必要だと思っています(そういう姿勢をとっているからか天行健中国武術館の門下生には、入門以前に他の武道、格闘技を長く経験していた者が少なくありません)。

個人的なことを言えば、まだ経験の浅い私自身(池宮)は、以上述べてきたような太極拳の理論通りに全てを体現出来ているわけでは、もちろんありません。しかし、今まで何度か行なってきた他武道、格闘技の方々との交流は、武術の世界にはよくある“タブー”というものを極力作らないようにしている我々にとって、緊張感漂う大切な修行の場になっており、これからもずっと続けていきたいと思っています。

では現在の太極拳の“タブー”のひとつを紹介します。我々天行健中国武術館では推手練習を重心の崩し、投げ、逆関節・・・だけでなく、基本的に突き、蹴り、もちろん目突き、金的、頭突きありで行なっていますので――これでは突き、蹴りに意識が行ってしまって肝心の推手技術が磨けないのではないかと誤解されそうですが、相手の構えや動きが実戦から離れた非現実的なものになっていないか打撃を入れてチェックしているわけです――、現行の太極拳推手比賽のやり方とは技術以前に意識の持ち方そのものが違っているように感じられます。その実例として平成11年度に行なわれた中国のある著名な太極拳一門との交流で、我々側が本来の武術では当たり前である離れた距離からの打撃を含めた交流が出来ず、あくまでも推手比賽ルール範囲での交流になってしまうわけです。

宮平先生は空手界指導者の方々にも指導されており(武術研究会参照)、我々、門下生の一部も週一回行なわれているその研究会に参加させてもらっています。そこで空手や古武道の先生方から武道事情を伺ったり、また先生方が連れてこられる現役空手選手たちとの交流は自分の殻を破ってくれるという意味でも貴重な体験になっています(例えば、太極拳練習者同士で推手をしていると、暗黙の共通意識から相手をうまく崩したり、転がしたりすることで満足してしまっていることが度々ありますが、空手選手との交流だとそれだけでは終わりません。太極拳は相手に密着する・・・と一言ではいいますが、最初の頃は一瞬でも隙あろうものなら顔面へ矢継ぎ早にパンチが飛んで来たり・・・いろいろありました)。

こうした経験によって気付いた課題を自身の練習に活かして工夫する・・・という繰り返しです(工夫とは空手式の防御法を取り入れるといったことではなく、太極拳の攻防技術をあらためて掘り下げるという意味です)。

その他、この研究会に参加させてもらったことで戦前から現在に至るまでの空手事情というものも知ることができましたが、結果の見えにくい武道の世界というものは、空手界であっても中国武術界であっても同じなんだと痛感しました。またこれからの中国武術というものを考える上でも参考になっていると思います。

文責・池宮 正隆(天行健中国武術館・太極拳クラス会員)

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