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館長プロフィール

天行健中国武術館館長

宮平 保 (みやひら たもつ)

沖縄県出身の中国国家認定武術指導者

Tamotsu Miyahira

ストーリー

中国湖北省の武漢体育学院で中国武術を学ぶために長期留学。同大学の武術教授・温敬銘老師に師事(ご夫人の劉玉華老師やご子息の温力老師にも実技、理論両面の指導を受ける)。

中国武術研究のために解剖学、生理学、医学、心理学、力学、教育学、中国哲学、古文、武術史など修め、実技指導の実習を終えて卒業。外国人としては初めて中国の体育学院武術専攻(在籍は研究生部)を卒業した公認指導者となる。

第11回アジアオリンピック科学大会(1990 BEIJIN ASIAN GAMES SCIENTIFIC CONGRESS)に日本代表の一人として出席(世界24カ国より参加。中国北京で開催)。武漢時代に書いた論文《中国武術和日本武道的淵源》をまとめた《中国武術和日本武道的幾点比較》を発表。

帰国後、天行健中国武術館を主宰。沖縄県内では数多くの空手、武道関係の大会(例・沖縄空手・古武道演武大会、国際沖縄空手道世界選手権大会、世界武道祭、実戦空手世界選手権大会・・・等)に招かれ演武を行なう。

沖縄空手界の重鎮・上原恒先生(前・沖縄県空手古武道連盟理事長)の要請を受けて武術研究会にて指導を始める。そこは空手、古武道の指導者、高段者が集い、また若手の現役選手たちも参加し、中国伝統武術を通じて伝統空手の可能性を考える実験の場となっている。

1984
1989
1990
1990
1991
  • 小学時より沖縄伝統の空手を学び始める。
    黒帯取得した高校時よりウェイトトレーニングジムにも通いながら、縁あったフルコンタクト空手修行者たちとも組手を中心に交流。様々な体験を通じ、後に感ずるところあって1984年に中国湖北省の武漢体育学院で中国武術を学ぶために長期留学。同大学の武術教授・温敬銘老師に師事(ご夫人の劉玉華老師やご子息の温力老師にも実技、理論両面の指導を受ける)。
  • マンツーマンで査拳、金考手翻子拳、三合剣、槍術、刀術、太極拳、擒拿、散手等を学ぶ他、劉老師の指示を受けて他門派の老師からも (八極拳、陳式太極拳など)指導を受ける。また中国在学中は見識を広めるために各地の民間伝統武術家とも広く交流する。
  • 1989年、中国武術研究のために解剖学、生理学、医学、心理学、力学、教育学、中国哲学、古文、武術史など修め、実技指導の実習を終えて卒業。外国人としては初めて中国の体育学院武術専攻(在籍は研究生部)を卒業した公認指導者となる。
  • 1990年、第11回アジアオリンピック科学大会(1990 BEIJIN ASIAN GAMES SCIENTIFIC CONGRESS)に日本代表の一人として出席(世界24カ国より参加。中国北京で開催)。武漢時代に書いた論文《中国武術和日本武道的淵源》をまとめた《中国武術和日本武道的幾点比較》を発表。
  • 帰国後、天行健中国武術館を主宰。沖縄県内では数多くの空手、武道関係の大会(例・沖縄空手・古武道演武大会、国際沖縄空手道世界選手権大会、世界武道祭、実戦空手世界選手権大会・・・等)に招かれ演武を行なう。
  • 1991年より沖縄空手界の重鎮・上原恒先生(前・沖縄県空手古武道連盟理事長)の要請を受けて武術研究会にて指導を始める。そこは空手、古武道の指導者、高段者が集い、また若手の現役選手たちも参加し、中国伝統武術を通じて伝統空手の可能性を考える実験の場となっている。
  • 天行健中国武術館は沖縄県内で本部道場を中心に各地支部教室にて多くの門下生を指導(教室の覧参照)。また警察署からの要請による護身指導などを行っている。
  • その他、中国本土でも武術機関の役員を務め、武術専門誌への執筆や講演活動、また天行健中国武術館では定期的に訪中し、武術団体との交流を行なっている。

宮平館長の師匠である故・温 敬銘老師の『一代伝記・奥運情縁』(著者・劉 素娥)が中国で出版され、武術界で話題となっているそうです。温老師の武藝は古来より伝わる真の実戦を前提としたもので、近代中国の武術普及政策(スポーツ化、大衆化)とは異なることから、近年、公の場に現れることはほぼありませんでしたが、時代や中国の情勢の変化、古伝の武術への再評価など様々な点から、この伝記が企画、出版され、戦前の武術界の詳細な様子や、温老師の珍しい写真も初公開され、武術資料価値として高いものになっているそうです。

宮平館長の中国武漢修行時代当時 の状況から考えると、この出版によって恩師・温老師に対する再認識、再評価にはたいへん感慨深いものがあると思われます。